2014年05月15日

追悼 HR Giger

映画「エイリアン」のクリ―チャーのデザインで名を馳せ、数々のロックのアルバム・ジャケットも手掛けたスイス人デザイナー、H・R ギーガーが5月12日に自宅の階段で転倒。頭部強打より搬送先の病院にて亡くなりました。享年74歳。


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こちらが有名な「ALIEN」のクリ―チャー。そのフォルムは素晴らしい!



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EMERSON LAKE & PALMER / BRAIN SALAD SURGRET



御存知プログレッシヴ・ロックの最強トリオ、EL&P の最高傑作。本作のジャケットの原画は、2005年のギーガー自身の個展の開催中に盗難にあい、現在も行方が分からないとの事。懸賞金もかかっているそうです。



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DEBBIE HARRY / KOO KOO
 


NYアンダーグランドから飛び出し、「Heart of Glass」 「Call Me」 「The Tide is High」 のヒットを飛ばしたBLONDIE の女性フロントマン、デボラ (デビー) ハリーの1981年のソロ作品。串刺しのデボラの顔がエグい!



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TO MEGA THERION / CELTIC FROST



同郷スイスの出身のせいもあってか、最もギーガーと親交が深かったバンド、CELTIC FROST の85年作品。
キリストを冒涜した強烈なアルバム・ジャケットもさることながら、冷たくも暴力的なサウンドは限りなくへヴィだ。




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ATOMIC PLAYBOYS / STEVE STEVENS



ビリー・アイドル、マイケル・モンロー、ヴィンス・ニールとの共演で知られるギタリスト、スティーヴ・スティーヴンスの89年作品。タイトルがカッコイイね。
本作のヴォーカルはWARRIOR のペリー(パラモア)マッカーティー。彼のヴォーカルはWARRIOR 時代から大好きです。隠れた名盤。




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HEARTWORK / CARCASS



デス・メタルの帝王と呼ばれたCARCASS が、メロディを導入して音楽性を広げたとされる本作は、常に問題作と最高傑作の両面から語られることの多い作品。



まだまだたくさんのアルバム・ジャケットを手掛けてますが、ギーガーの作品全てに共通しているのは、冷たくも浅黒い銀色 (メタリック) の配色に、何とも不気味かつメカニックなデザイン。ロジャー・ディーン、ヒプノシス、ロドニー・マシューズと並び、一目見て誰の作品か分かる強烈な個性を放射してました。R.I.P.


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2013年03月14日

追悼 CLIVE BURR

長年病気と闘っていた元IRON MAIDN のドラマー、クライヴ・バーが12日に亡くなりました。

多発性硬化症という治療が難しい病にかかって10年以上、まだ56歳という若さで‥。

あの愛くるしい笑顔からは想像できないタイトなドラミング、多用するシンバルに高速ワンバス、独特のドラムロールなどの個性的なプレイは、唯我独尊であった初期のMAIDEN を形成していたワンピースでもありました。

よくよく考えてみると、私のMAIDEN のフェイバリット・アルバムは初期の3枚なんですが、それらすべてはクライヴがドラムを叩いてたんですね。

MAIDEN 脱退後のSTRATUS やPRAYING MANTIS では大きな成功を収められず、まだまだ頑張って欲しいなと思ってたのですが。

自分の青春時代のヒーロー達が亡くなっていくのは、何ともやるせない気持ちです。長い闘病生活は、とても辛かったと思います。安らかにお眠り下さい。R.I.P.




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2012年07月17日

追悼 JON LORD

また一人、自分のアイドルが天に召されていきました。

ジョン・ロード、享年71歳。彼が癌の発症を発表した時、正直嫌な予感がしてたんです。なぜならロニーの時もそうだったから‥。

自分も年を取るのだから、私より年上の人も同じように年を取るのは当たり前な訳で。しかし、癌などの病によって亡くなるというのは何とも悲しすぎます。

その決して怒ることの無い穏やかな性格や、ツアーに出る際にはアタッシュケース一杯の本を持参する読書家という表側の顔とは裏腹に、ステージ上では鬼気迫るインター・プレイを自慢のハモンド・オルガンC−3にて炸裂させるミュージシャンとしての顔とコントラストがとても印象的でありました。

レズリー・スピーカーを回転させて歪ませたオルガン・サウンドや、マーシャル・アンプにオルガンを繋ぐという独創性。倒れんばかりにC−3を前後に揺さぶりながら衝撃音を出す力技に、演奏中に電源を切ってドップラー効果を発生させる荒技など、その変幻自在のプレイぶりは他の者を寄せつけません。

また、彼の経験に裏打ちされた流麗なクラシカル・プレイや、まるでパイプ・オルガンを弾いているのか?と思わせる壮大なサウンドも彼の持ち味で大好きでした。

ジョンが言っていた 「私は死ぬまでに、もう一度だけ第三期DEEP PURPLE のメンバーで演奏してみたい。きっとやり残したが見つかると思うし、音楽的な可能性が秘められている。」 といった夢は、叶うこと無く終わってしまったんですね。

最後までオルガンにこだわった職人、ジョン・ロード。安らかに‥。R.I.P.



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2012年04月07日

COZY POWELL FOREVER

4月5日、HR/HM 界を代表するドラマー、コージー・パウエルが亡くなってはや14年が経ちました。時が過ぎるのは早いものです。

彼こそ " 不死身 " と言う言葉が最も良く似合うミュージシャンだったので、訃報を聞いたときは本当に驚きを隠せませんでした。コージーは常々、 「俺は猛スピードの中、クラッシュして死ぬだろう。それが俺の生き方であり、本望だ。」 言ってましたので、その言葉通り自らが運転した自動車事故で死んでしまうなんて・・。

パワーとテクニカルさが交差するドラミングに独特のフィル・イン (RAINBOW 時代のTAROT WOMAN のイントロでの 「タットロト・タットロト」 は最高!) さらにロック・スター然とした堂々たる存在感、片方の口元を上げてニヤリと笑うあのイタズラ小僧のような笑顔は永遠に忘れる事が出来ません。

彼の雄姿を生で初めて見たのが、あの伝説の野外フェスティヴァルSUPER ROCK '84 、WHITESNAKE のメンバーとしての来日時で、あのマグネシウム・フラッシュが炸裂する強力なドラム・ソロは、まだ少年だった私の心にグサリと深く焼き付きました。

数々のバンドを渡り歩く姿は、 「渡り鳥」 などと揶揄もされましたが、常に自分の気持ちに正直に行動する彼自身のポリシーを貫き通した姿であり、自分自身の腕に自信が無ければなかなか真似する事は出来ません。彼のような生き方がとても羨ましいなと多くの人が思ったで事しょう。

人の命なんていつ終わってしまうのか誰もわからないので、今現在自分が生きている事に感謝すると共に、コージーのように悔いの無いように人生を送らなければいけないといつも思うんですが、なかなかそうはいかないのが現実であります。(悲)

多くのロック・ファンを魅了し、50年間を猛スピードで駆け抜けたコージー・パウエル、あれ程凄いドラマーはもうきっと現れないでしょう。RIP.



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2012年01月29日

追悼 MARK REALE

RIOT のギタリスト、マーク・リアリが1月26日に長年患ってきたクローン病との合併症にて死去しました。

クローン病とは口から肛門までの全消化管に潰瘍や炎症を発症する根治することの無い病気で、長い間マークは苦しんでいたのでしょう。

結局RIOT は日本のみで評価されたバンドとして終わってしまいました。他のメンバーはマーク抜きで現在のRIOT としてのツアーを続行しており、ツアー終了後バンドの今後を話し合うとの事ですが・・。

マークのいない時点で、RIOT を名乗るってどうなの? と思うんですが。

このバンドは長年マネージメントとの契約問題による確執で思うような活動が出来ず、またバンド自体もヨーロピアン・サウンドを継承しながら、度々時代に流された音楽性に移行したりしてファンの多くを右往左往させてました。

元々このバンドの創始者でもあるマーク自体がビジネスに対して無頓着だった事が、バンドの浮上を逃していましたし、彼の信念も日本だけを見据えた正統派HR を指針してれば良かったんじゃないでしょうか。だって現在のファンの90%は日本に依存していたと思いますし。

まあ亡くなった方にあーだ・こーだと言うのはフェアじゃないので多くは言いませんが、個人的にはもっと頑張って欲しいバンドの一つだったんですよ。

もし80年にガイ・スペランザが脱退しなければ彼らの運命も変わっていたかもしれません。運命とは皮肉なものですね。

長い活動歴をずっと追ってきましたが、やはり1st. 〜 3rd. までのRIOT の存在は今でも燦然と輝いてます。第一回MONSTERS OF ROCK に出演したのが彼らのハイライトだったんじゃないでしょうか。

異様なジョニー君 (顔がアザラシの人間:彼らのほとんどのアルバムのジャケットに登場) も妙に印象的でしたし。

「WARRIOR」 「NARITA」 「ROAD RACIN'」 「FIRE DOWN UNDER」 「OUTLAW」 ずっと、ずっと私の心に刻み付けられ、後世に残る名曲となるでしょう。マークには是非もうひと華、咲かせて欲しかったんだけど。残念だ。 R.I.P.



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