2014年01月31日

決して40歳まで生きられなかった愚か者の1人だった TOMMY BOLIN

リッチー・ブラックモアの後任としてDEEP PURPLE に加入したトミー・ボーリンは、25歳でその短い生涯を終えるまで、様々なトラブルに翻弄された人生を送りました。

この才能豊かなギタリストのハード・ロックからはみ出した幅広い音楽性が、PURPLE の未来を推進していくんだとバンドのメンバーからも大きな期待を寄せられましたが、彼の常用していた薬物が、その後の人生に大きな影を落とすのです。

スタジオでは素晴らしいプレイを披露したにもかかわらず、ロード生活に入ると常用していたヘロインの影響から満足なプレイする事が出来なくなり、 ” ドラッグ・ブラザーズ ” と呼ばれた (笑) グレン・ヒューズと自分勝手なジャミングを延々と繰り返し、他のメンバーを当惑させるという悪循環に陥ります。

そしてバンド末期である75年の日本公演では、前公演先の東南アジアで摂取した質の悪いヘロインの影響によりトミーの手は痺れて指は動かずに、ボトル・ネックのプレイに終始。ジョン・ロードのキーボードが殆どのギター・ラインを弾いたという異常事態が起きました。

イアン・ペイスが後に、トミーはパーティーに出かけて、テーブルに置いてある錠剤をまず飲んでから 「これは何だった?」 と言うんだ。アスピリンかもしれないし、毒薬かもしれないのに。トミーは決して40歳まで生きられなかった愚か者の1人だった。彼は何度も引き金を引いていたら、いつか必ず銃弾が出てくるという事が理解出来ない奴だった。と語っていました ‥。

しかし、PURPLE 解散後はその知名度も手伝ってか、無事メジャー・レーベルとの契約を果たし、ソロアルバムの制作に入るのですが、悲しいがな契約金の殆どを関係者に搾取され、残り僅かな予算でアルバム制作を続ける事となります。

そんな満身創痍の中、発表されたソロ2作目 「PRIVETE EYES」 は、ロックにジャズ・フュージョン・レゲエ・ボサノバなど色々なジャンルの音楽性をブレンドした、まさに時代を先取りした作品となったのです。

まず、最初に言っておくと、本作はハード・ロックのアルバムじゃありません。冒頭の@から 「スティーヴィー・ワンダー?」 と思わせる曲調にビックリ!Eのゲストにカーマイン・アピス (JEFF BECK GROUP/OZZY OZBOURNE/KING COBRA/BLUE MURDER など) が、ハード・ロック系では唯一参加してます。しかし、その曲すらハード・ロックのカタルシスは微塵も感じられません。

時折速いパッセージで弾かれるギター・プレイに 「おっ!」 と身を乗り出しそうになりますが、全体的にあまりにもジャジーな本作は、個人的にもちょっと聴いてて辛いところがあります。Fの綺麗なバラードは、割と好きなんですが。

本作発表とほぼ同時期にジェフ・ベックが名作 「WIRED」 を発表。ロックとジャズを見事に融合した作品として高い評価を受け、ジェフはスーパー・ギタリストの称号を残すこととなりますが、もしトミーが真っ当に生きていれば、ジェフと同様ににギタリストとしての名声を手にしたんじゃないかと思うのは私だけでしょうか?

なお、不思議な因果ですがトミーが亡くなったのは、なんとそのジェフ・ベックの前座としてのツアー中で、ヘロインのオーヴァードーズにより生き急いだ生涯を終えたのです。合掌。



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PRIVATE EYES / TOMMY BOLIN (1976)

@Bustin' Out for Rosey
ASweet Burgundy
BPost Toastee
CShake the Devil
DGypsy Soul
ESomeday Will Bring Our Love Home
FHello Agian
GYou Told Me That You Loved Me


歴史的インパクト ★★ 個人的思い入れ 
ジャケット・デザイン ★★ レア度 ★★
雷イチ押しポイント雷 ドラッグはいけません!


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posted by ハムバッカー at 23:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 初めての出会いは「紫の燃焼」・・・。そうです、あのブートまがいの正規ライヴ。当時高校生だったガキンチョの私ですら酷い作品である事を認識するには充分な内容でした。従ってそれ以降ソロ作が発表されても全く興味がわきませんでしたね。
 そして随分年月を経たある中古レコ屋で見つけた「Teaser」。安価でもあったので購入し何気なく聴いてみると・・・耳を疑いましたね、コレがあのボーリンなのかと!
 それから慌ててJAMES GANGやZEPHYRその他関連作品を集めました。どれも躍動感あふれたプレイにもうのめり込んだのは言うまでもありません。
 ジャパンライヴでの散々なプレイの原因を「指の怪我」とか「薬物の過剰摂取による」などのそれらしい原因と伝えられていますが、後日ジョン・ロードがインタヴューで「ボーリンはステージで絶対Highway StarとかBurnはやりたくないと言っていたね」・・・つまり簡単に言えば「練習が嫌い」って事でしょう。PURPLEに加入しておいてそんなのが通用するはずがないだろうに・・・
 「紫の燃焼」での指に包帯を巻いたステージ写真もさもありなん。まぁ不遇な人生だったともいえますが、自業自得・・・でしょうね。全く勿体無い一生でした。
Posted by クリタカ at 2014年02月01日 21:16
残念ながらトミー・ボーリンがPURPLEに加入したこと自体が間違いだったんでしょう。
今までのカラーを(リッチー色ね)完全に消して、新しいPURPLEとして再出発する覚悟があればよかったんですが、残ったメンバーは迷いに迷ってどうする事も出来ず、ファンもバンドの変革をはっきりと否定。おまけにトミーがあまりにも自虐的だったので、バンドの崩壊はあっという間でした。
PURPLEに加入せず、ソロ活動を続けていた方がトミーにとっては幸せだったのかもしれません‥。
Posted by ハムバッカー at 2014年02月19日 22:36
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