2013年01月20日

その後3人とも、人生において生き地獄を見る事となるなんて TRAPEZE

現在、GOD OF VOICE と呼ばれ、ファン及び同業ミュージシャン達からも称賛されているヴォーカリスト、グレン・ヒューズがメジャーな音楽活動を本格的にスタートしたのが、69年デビューのバンド、TRAPEZE でした。

英国バーミンガム近辺はロバート・プラント、BLACK SABBATH、JUDAS PRIEST、らの出身地でもあり、グレンもその周辺の出身でした。結局工業都市であるその町で生まれた人間は、工場であくせく働いて一生を過ごすか、ミュージシャンというヤクザ稼業に進むか、どちらかを選択しなければ生きていけない場所だと聞いた事があります。

元々はキーボードとトランペット奏者を含む5人組でスタートし、デビュー・アルバムはムーディかつサイケデリックなサウンドを展開してましたが、彼らは白人の作るブラック・ミュージック、つまりファンキーなハード・ロックを作り出そうとの野望を掲げ、グレン・ヒューズ (B , Vo )、メル・ギャレー (G , Vo) 、デイヴ・ホーランド (Dr) のトリオ編成にシフト。そして、その音楽性を極めた作品が、72年発表の3rd. つまり本作なのです。

@からライヴ感溢れる、ファンキー度全開でノリノリのサウンドは強烈。メルのソリッドかつファンキーなギターと、グレンのソウルフルなヴォーカルが冴えまくり! メル作の@ADFGはいずれもロック・スピリットを含むファンキーなサウンドなのに対し、グレン作の楽曲はCを除いて1st. に近い、ムーディでフォークっぽい楽曲なのが非常に面白いです。何度もリメイクされているAなんかは、とろけるようなメロウさが印象的ですよ。

当時メル・ギャレーは地元スタッフォードサーのローカル・ヒーローで、誰もが彼と一緒にバンドを組みたいと思っていた事実から、この頃はメル・ギャレーがバンドのイニチアブを握っていたのではないでしょうか?

70年代にこんなファンキーかつロック・スピリットに富み、それにトリオ編成でのバンドは稀で、地元イギリスではあまり評価されなかったせいか、彼らはアメリカ全土を精力的にサーキット。特にテキサスを中心としたアメリカ南部で絶大な支持を得ます。

そしてバンドがこれからという時に、ヴォーカリストとベーシストを探していた英国HR の重鎮、DEEP PURPLE からグレンが、バンドへの加入要請を受けます。

執拗な加入要請を最初は断っていたグレンも、PURPLE 側からアメリカNY のマジソン・スクエア・ガーデンでのライヴに招待され、その圧倒的なライヴ・パフォーマンスと2万人SOLD OUT のオーディエンスの熱狂ぶりを目の当たりにして衝撃を受け、遂にグレンはPURPLE 加入を決意しました。

グレン脱退後もTRAPEZE はメンバーを補充しながら活動を続けますが、79年にデイヴがJUDAS PRIEST 加入の為にバンドを脱退。さらにメル・ギャレーが81年にWHITESNAKE 参加を決め、バンドは事実上解散しました。

在籍した3人とも、大物バンドに移籍して出世した事実を考えると、TRAPEZE は才能に溢れたミュージシャンの結集したアゲまんバンドだったような気がします。3人が皆、メジャーなミュージシャンとしての存在を確立したのですから。

しかし、その後3人とも、人生において生き地獄を見る事となるなんて、当時は誰も思いもしなかったのではないでしょうか?

グレンはPUUPLE 加入後の華やかな栄光の影で、プレッシャーから逃れるためにドラッグを常用し薬物中毒となり、80年代の10年間はまさに地獄のような時間を過ごしたのです。以前インタビューで、その10年間の記憶がほとんど無いと言っていたのは衝撃的でした‥。

メル・ギャレーはWHITESNAKE 在籍時に腕を骨折、その際にウイルスに感染して腕の神経をやられ、普通の状態でギターが弾けなくなってしまいました。 (2008に死去、R.I.P.)

デイヴ・ホーランドは知恵遅れの少女に悪戯をした罪で刑務所に投獄と、皆輝かしい栄光から滑り堕ちて行ったのです。

現在ドラッグからきっぱりと足を洗ったグレンが健在なのは、まさに奇跡と言えるでしょう。グレン自身、神の御加護を信じてミュージシャン稼業を続けている気持ちは、よく分かります。



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YOU ARE THE MUSIC... WE'RE JUST THE BAND / TRAPEZE (1972)

@Keepin Time
ACoast to Coast
BWhat is a Womans Role
CWay Back to the Bone
DFeelin So Much Better Now
EWill Our Love End
FLoser  
GYou Are the Music Were Just the Band


歴史的インパクト ★★ 個人的思い入れ ★★
ジャケット・デザイン ★★ レア度 ★★★
雷イチ押しポイント雷ファンキー、ファンキー! ノリノリや〜


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posted by ハムバッカー at 11:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月06日

一言で表現するとすれば 「凄く地味」 SAMSON

NWOBHM 最古参の一つのバンドとして登場し、ムーヴメントの終焉に合わせて消えていった悲しきバンド、それがポール・サムソン率いるSAMSON ではないでしょうか?

元々、このバンドはブルース・ディッキンソンやクライヴ・バーが在籍していた事実や、IRON MAIDEN の曲をパクッた事件、奇怪な覆面ドラマーがメンバーに居た事の方が有名であり、その音楽性を知らない方が大半だと思います。

彼らがデビューしたきっかけは、イアン・ギラン率いるGILLAN のメンバーだった海坊主 (笑)ジョン・マッコイのプロデュース、ベーシストとしての参加、さらにはイアン・ギラン所有のキングスウェイ・スタジオ使用など、ジョンの全面バック・アップという恩恵を強力に受けたからなのです。その理由については私自身よく知らないんですが、英国のいちローカル・バンとしては破格の待遇でしょう。

しかし、本デビュー・アルバムを聴いてみて、音楽性を一言で表現するとすれば 「凄く地味」 としか言いようがありません。 (悲)

ポール・サムソンの音幅の少ない地味なヴォーカルに、ブルージーなカッタルイ曲が大半を占め、ポールのギター・ソロもこれまた突き抜けるところの無い、何とも掴み所の無い普通の感じなのです。

本作の聴き所は、そこそこ躍動感のある@と哀愁溢れるバラードのCくらいじゃないでしょうか?

何故こんな地味なバンドがNWOBHM 黎明期に契約出来たのか、不思議でなりません。

CD 化に際してオリジナルの8曲のうち、なんと5曲がブルースのヴォーカルに差し替えられたバージョンが追加収録されましたが、オリジナルとの差は歴然であり、その後の2nd. 3rdの内容の充実度を踏まえると、このバンドを支えていたのはリーダーのポール・サムソンでは無く、ブルース・ディッキンソンであったことは紛れもない事実なのです。

それを証拠に、ブルースをMAIDEN に引き抜かれた後の作品は、また本作同様の地味さに逆戻りの内容でしたから。

SAMSON もIRON MAIDEN が所属したEMI との契約が目前だったにもかかわらず、契約金の高さに目がくらんで未来の無いインディーズと契約した時点で、彼らの運も尽きてたのでしょう。うーん。

個人的には、異様にカッチョいい名バラードのCの、ブルースの差し替えヴァージョンを聴きたかったんですが‥。



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SURVIVORS / SAMSON (1979)

@It's Not As Easy As it Seems
AI Wish I was the Saddle of a Schoolgirls Bike
BBig Brother
CTomorrow or Yesterday
DKOZ
ESix Foot Under
FInside Out
GWrong Side Oo Time
HIt's Not As Easy As it Seems *
II Wish I was the Saddle of a Schoolgirls Bike *
JSix Foot Under *
KInside Out *
LWrong Side of Time *

* BONUS TRUCK (Vocal. Bruce Bruce)


歴史的インパクト  個人的思い入れ 
ジャケット・デザイン  レア度 ★★★
雷イチ押しポイント雷 NWOBHM マニアの方のみどうぞ


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posted by ハムバッカー at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする